2015ベストレース
「これはすごいぞ!どこまで走るんだ!YZF-R1はぁ!」
 サーキット実況の声が響くのを聴きながら、誰もが同じことを思っていただろう。ヤマハ・ファクトリーチームのYZF-R1は鈴鹿サーキットのピットに入ることなく走り続けていた。
 
 予想外の走りだった。
「ヤマハ、燃費悪そうだよね」
 鈴鹿8時間耐久。国内のオートバイレースでは間違いなく最高峰だろう。2、3人のライダーが入れ替わりで8時間走り続け、その周回数を競う。速さはもちろん、8時間という長丁場、真夏の鈴鹿サーキット、マシンとチームの総合的な力が試される。
 8耐の予選が終わってから、ポールポジションに輝いたヤマハの燃費が話題の中心だった。無理もない。トップ10トライアルで2分6秒台フラットという脅威的なタイムをたたき出し、直線での加速にあれだけパンチがあるマシンを見たら、燃費がいいはずがないと誰でも思う。1スティントは良くて23周、下手すれば22周かもしれない。
 そんな浅はかな予想はレース開始1時間後に打ち砕かれた。

 ヨシムラ、ホンダRTハルクプロと優勝候補が24周でピットイン。ヤマハもそろそろと誰もが思う中、130Rに突入するヤマハの第1ライダー・中須賀の両足はきれいにそろったままだった。鈴鹿でピットインする際の後続への合図、足を外に振るしぐさがいつまでも出ない。
 25周目――何かとんでもないことが起こり始めたと気付いた。
 26周目――あちらこちらで、「おいおい」と言った声。「数え間違い?」という困惑した声が飛ぶ。
 27周目――ヤマハチームの満足そうな顔。

 28周目でようやく足が振られた。中継映像には、吉川和多留監督の「してやったり」の表情。この時点でトップを走っていたのは、ハルクプロのケーシー・ストーナーだったが、おそらく誰もがトラブルさえなければヤマハが逆転するのは時間の問題だと思ったはずだ。

 実は中須賀は、背中をかがめ空気抵抗を減らした上、これでもかとハルクプロ・高橋のスリップストリームに入り続け、燃費を稼ぎ続けていた。通常、最高速を上げるために使われるスリップを、アクセル開度を抑えながら速度を引き上げるために使った。ストレートの速さを考えれば、130Rや1コーナーなど、仕掛けられる場面はいくらでもあるように見える。それでも、「28周」を稼ぎ出すために、ひたすらに相手マシンの後ろで牙を研ぎ続けた。
 中須賀の雌伏の走りは、ふたりのモトGPライダーにも伝わった。ポル・エスパルガロと、ブラッドリー・スミス。まだ20代半ばのふたりは、GPで見せるイケイケの姿ではなかった。セーフティーカーが入るたび、マシンにぴったりと上半身をつけ、少しでも空気抵抗を減らす。日なたで普通に立っていることさえ大変な真夏の鈴鹿の、それも慣れない耐久レース。多くのライダーは黄旗の時こそ体力を温存しようと、楽なフォームでライディングする。だがヤマハチームは、燃費の悪い低速走行でこそ、つらい姿勢をとり続け、燃料を確保し続けた。これがモトGPライダーの体力なんだぞと言わんばかりに。
 そして、その燃料を得意のストレートで放出し、周回遅れに突っかかることなく抜かしていく。黄旗の見落としによるペナルティストップといった小さなトラブルはあったものの、ここまで燃料のマネジメントをこなすチームに隙などあるはずがなかった。

 計6回のセーフティーカーに、優勝候補最右翼のハルクプロ、それもケーシーのまさかのクラッシュ。荒れた展開に運も味方したのかもしれない。実力だけで勝てるほど、8耐は簡単なものじゃないからだ。

 それでも中須賀の限界までかがめた背中は、雄弁に勝因を語っていた。
「8耐はこう走るんだよ」と。

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